May
31st
Sun
31st
・私にとって美術とは計量可能な事物からの唯一の離脱としてあるのかもしれない。量や交換とはコミュニケーションや経済を含んだもので、だとするならそれは今の環境の大部分を覆っている。
・だから、美術はけしてコミュニケーションを誘発するツールだったりはしない。芸術は常に交換できない経験であって、例えば私が見たフィリッポ・リッピの「受胎告知」の経験は、決して誰ともコミュニケートできない。あるいは、私の制作の経験は、けっしてだれともコミュニケートできない。