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備忘録として・・・

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May
23rd
Sat
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『ハイデガーが考えた問題、「芸術の本質とは何か」。これを考えるためには、真の芸術作品をよく見ることが必要となる。けれども、ある作品が本当に真の芸術作品であるかどうかを決めるためには、「芸術の本質は何か」をわかっていなければいけない、という具合。「芸術の本質」という問題をめぐって、堂々巡りをするだけ。

こうした循環論法は、一般に不毛な議論とされるが、ハイデガーは、反対に、「強み」だと言う。

私たちが原理的で本質的な事柄を考えるとき、思考は必ずぐるぐる回って最初の出発点に戻ってしまう構造をしていると言う。

だいじなのは、この円環を抜け出ることではない。この無駄と思える思考の運動のなかにあえて跳び込んでいき、「この道にとどまりつづけること」である。それこそ、「思考の祝祭」だと言う。

古代ギリシャのデュオニソスの祭りを哲学のテーマにしたのはニーチェだったが、「思考の祝祭」とは、デュオニソスの祭りのように、狂ったように踊り続けるうちに、次第に陶酔が起こり、その陶酔のなかで新たな知恵が開けるような状態をいう。

「存在とは何か」この本質的な事柄に関わる以上、私たちも思考の円環のなかに跳び込む覚悟が必要になる。』